〇紅茶の歴史について
☆紅茶の種類
ダージリン     ⇒アッサム     ⇒ニルギリ
ウバ         ヌワラエリヤ    ⇒キャンディ
ディンブラ      ⇒キーマン     アールグレイ
ルフナ        ⇒ジャワ       ⇒ラプサンスーチョン
ケニア

●紅茶の聖地〜紅茶の女王〜
 歴史的背景をもつダージリンは、カンチェンジュガという霊峰の庵に広がる「紅茶の聖地」とも呼ぶべき地。  
●アイスティーの誕生とは?
 アイスティーが誕生したのは、1904年のことです。その年、アメリカ中部のミズーリ州セントルイスで博覧会が開かれました。インド紅茶展示館では、スタッフが張り切ってデモンストレーションを行っていましたが、温かい紅茶に誰も見向きもしませんでした。
〇3人のトーマス偉人伝
●トーマス・トワイニング
  〜草分けトーマスは、女性を味方につけた〜
 1717年、ロンドン・ストランド街にある「トムズ・コーヒーハウス」の隣に、イギリスで最初の紅茶専門店「ゴールデン・ライオン」がオープンしました。両店のオーナーはトーマス・トワイニングです。11年前にコーヒーハウスをオープンした当初、1ペニー払えば男性なら誰でも出入りでき、自由に雑誌や新聞を読むことの出来る情報収集の場として好評で、作家、詩人、弁護士など上流階級の著名人たちで賑わいをみせまいした。たちまちロンドンには約2000軒が誕生したそうです。
●トーマス・リプトン
  〜日本に最初に輸入された紅茶 リプトン〜
 トーマス・トワイニングが世を去ってから約110年後、トーマス・リプトンが、スコットランドのグラスコーで産声をあげました。独立心旺盛だったリプトンは、15歳で単身渡米。再びふるさとに戻り、21歳で独立して食料品店「リプトン・マーケット」を開きました。
 商才にたけていたリプトンは、ショーウインドウに絵を描き、ポスターで販売を宣伝するなど、ユニークなアイデアで常に人々の注目を集め、積極的な拡大路線で全国各地に支店網を広げていきました。
●トーマス・ギャラウェー
  〜イギリスで最初に販売された紅茶 ギャラウェー〜
 トワイニングリプトン。この2人はトーマスの名はあまりにも有名ですが、もう一人、イギリスの紅茶の歴史を語たるうえではかかせないトーマスがいるのです。
 それはトーマス・ギャラウェートワイニングの「トムズ・コーヒー」よりも前にオープンした「ギャラウェー・コーヒーハウス」のオーナーです。
・紅茶歴史:種類
●ウェッジウッド
 1 ジョサイア・ウェッジウッドとは?
 イギリス近代陶芸の礎を築いた〔英国陶工の父〕ジョサイア・ウェッジウッドは、多くの独創的な作品を世に送り出し、大きな貢献を果たしました。
 2 ジョサイア・ウェッジウッド誕生
 ジョサイア・ウェッジウッドは、1730年、“チャーチヤード工場”を営んでいた陶工トーマスとメアリー・ウェッジウッドの末子、第13子としてイギリス、スタッフォードシャーに生まれました。9歳の時に父親が亡くなると、長兄の受け継いだ工房で徒弟となり、修業後、1754年には当時英国の最も偉大な陶工で、フェントンのマスターポッターであったトーマス・ウィルドンとの共同経営に入ります。
 3 ジョサイア・ウェッジウッドの技術と芸術
 「これまでの陶芸を一歩進めて、芸術の域まで洗練させたい。」 それを夢見たジョサイアは、生涯、研究と実験を重ね、いくつもの名品を誕生させました。完璧を目指して実験を重ね、白い食器を作るのが難しかった当時にしては画期的な乳白色の「クリーム ウェア」を生み出します。
 4 事業家ジョサイア・ウェッジウッド
 ジョサイア・ウェッジウッドは、実業家としても相当な手腕を発揮し、着実に事業を拡大していきました。 1759年、28歳のジョサイアは、アイビーハウス工場(Ivy House Works)を借り受け、独立。すなわち、これがウェッジウッド社の創立です。その後、工場をブリックハウス(Brick House)、自身で建設したエトルリア(Etruria)へと移しながら、ウェッジウッド社を不動のものとしていきます。
 5 ジョサイア・ウエッジウッドの家族
 ジョサイアは、1764年、いとこのサラと結婚しました。彼は家庭をとても大切にし、製品を作る際は、「サリー」と愛情を込めて呼んだ妻 サラのアドバイスに必ず耳を傾けました。 サラとの間に誕生した子供たちは、ジョサイアの陶工家、科学者、社会事業家、企業家など、あらゆる側面を受け継ぎ、活躍しました。
 6 ウェッジウッド 紅茶の種類
 さまざまなウェッジウッド紅茶を紹介しています。
 7 美しい白の器を作った金字塔
 1759年、ジョサイアは自分の工房を開設します。最初に手がけたのが乳白色の上品はいろをたたえ、耐久性にもすぐら他〔クリームウェア〕でした。白い焼き物を作ること自体が難しいといられていたこの時代にあって、画期的な新機軸でした。ジョージ3世の王妃シャーロットが紅茶セットを注文し、〔クイーンズウェア〕の名がさずけられ、ウェッジウッドの名声が一気に高まります。
 8 技術と芸術、革新と伝統
 エトルリア工場で最初に作られたのが、〔初日の壷〕でした。黒い輝きを持つ炉器ブラックバサルトの壷で赤いエナメル画が描かれています。この素地に改良を加え、数千回にも及ぶ実験を経て焼成に成功したのが、ジャスパーです。
 ● ダージリンの歴史
  イギリス人の夢が実現したダージリンの中国種。
 ● アッサムの歴史
  悪戦苦闘しているイギリス政府のもとに1本の茶木が送られます。ロバート・ブルースの弟であるC.A.ブルースによって栽培されたアッサム種だったのです。
 ● ニルギリの歴史
  イギリス人の中国種への想いが新たな茶園をつくったのがニルギリなのです。
 ● ウバの歴史
  世界の紅茶王によって開発された大茶園
 ● ヌワラエリヤの歴史
  ヌワラエリアは紅茶園の開拓によって生まれ、栄えたイギリス人の町なのです。
 ● キャンディの歴史
  コーヒー農園から茶園へ一人の青年が紅茶を広めました。
 ● ティンブラの歴史
  発展中のインドの茶園で育つオールマイティー茶です。
 ● キーマンの歴史
  緑茶より歴史が浅いが味わいはどのお茶よりも深い。
 ● アールグレイの歴史
  龍眼=ベルガモット?!〜中国茶との深いつかがり〜
 ● ルフナの歴史
  セイロン島の歴史を物語る平野部の茶園
 ● ラブサンスーチョンの歴史
  龍眼の香りが松の香りにスモーキーな茶の始まり
 ● ケニアの歴史
  もっとも注目される発展急上昇の新天地。

☆ブランド紅茶
アシュビーズ       アーマッド    →ウィッタード
ウィリアムソン&マゴー ウェッジウッド  →エディアール
シェ・モア         →スタッセン    →セントジェームス
トワイニング       →東インド会社   →ハロッズ
ビューリーズ        →フォション →フォートナム&メイソン
ブローディーズ      →ベッジュマン&バートン
テイラーズ オブ ハロゲイト     →マリアージュ フレール

紅茶ってなに?
紅茶の歴史
紅茶の種類
ブランド紅茶
おいしい入れ方
世界の紅茶生活
紅茶の健康効果


〇紅茶の歴史
 ・紅茶の聖地〜紅茶の女王〜
 ・アイスティーの誕生とは?
〇3人のトーマス偉人伝
 ・トーマス・トワイニング
 ・トーマス・リプトン
 ・トーマス・ギャラウェー
〇ジョサイア・ウェッジウッド
 1 ジョサイア・ウェッジウッドとは?
 2 ジョサイア・ウェッジウッド誕生
 3 ジョサイア・ウェッジウッドの技術と芸術
 4 事業家ジョサイア・ウェッジウッド
 5 ジョサイア・ウエッジウッドの家族
 6 ウェッジウッド 紅茶の種類
 7 美しい白の器を作った金字塔
 8 技術と芸術、革新と伝統
・紅茶歴史:種類
・ ダージリンの歴史
・ アッサムの歴史
・ ニルギリの歴史
・ ウバの歴史
・ ヌワラエリヤの歴史
・ キャンディの歴史
・ ティンブラの歴史
・ キーマンの歴史
・ アンティークの歴史
・ ルフナの歴史
・ ラブサンスーチョンの歴史
・ ケニアの歴史